そうしてまた歩き始める。 「わたし来世はクラゲがいいな」 いつか一緒に訪れた水族館で、彼女がそう呟いたのを思い出した。 彼女にしてはめずらしい浸った言葉が意外で、彼は視線をクラゲから彼女の方へ移した。彼女は言葉を継ぐことなく口を閉じて、漂う姿…

(読書メモより)円城塔 『道化師の蝶』

No.4-31 Date 20.2.2 円城塔 『道化師の蝶』、講談社文庫、2015、~2020.1.26 「『あなたたちは真実だけを書くわけではないでしょう。真実だけを書くわけではないのに、真実さえも書ききれない』」、134 「ヒト族の最初の言葉は歌だった」、171 どちらも「松…

今月の振り返り(2019.9)

[9月] 3月末には今年度も終わりかと言うものだし、6月末には今年も折り返しかと言うものだ。したがってこれは思いの外月並みの感想なのだが、早いもので今年度も折り返しだ。 とは言うものの、この半年に関してははやや特殊な半年だったかもようにも思う。そ…

Farewell

もうずいぶんと長いこと、夜空の星を見ていた。その強さをさまざまに瞬く星々は数え切れないほどで、彼はそれをいつまででも見ていられるような気がした。彼の頭上の天球には、この世のすべての星が同時にちりばめられていたのだ。彼はそのことを不思議に思…

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「あなたにだけ教えてあげる。誰も知らない、ううん、知ってるはずなのに忘れたふりをしている、わたしの秘密。そんな小難しいだけの本なんかよりよっぽど重大で、切実で、絶望的なわたしの秘密。」 緋花は緩く笑みをつくりながらそう言うと、ゆっくりとスカ…

新年、空気も巡り

境内は人で溢れていて、普段は人気の無さを強調している色褪せた鳥居も、今日ばかりはどこか風格を感じさせた。 その鳥居を柊がくぐったのは、待ち合わせ時刻の10分前だった。恐らくまだ来ていないだろうと思いつつ周囲を見渡した柊はしかし、人ごみの中に彼…

うつつうつろにうつりうつろい(2)

これも違う。これも、違う。お腹を空かせて入ったスーパーで、気分にぴったり合うお弁当を選ぶような難しさ。違うのは、お弁当なら妥協ができるが、ここではそれができないことだ。一方、少し困った共通点がある。色々見ているうちに、元々求めていたものが…

うつつうつろにうつりうつろい(1)

快晴。快晴。どこまでも続くこの青空に、はたして果てはあるのだろうか。しなやかな手つきを想像し、透明な紙飛行機を飛ばす。屋上から放たれた飛行機は、グラウンドを見下ろしながら、空中を進んでいく。それはどんどん小さくなって、白い芥子粒となり、そ…