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「あなたにだけ教えてあげる。誰も知らない、ううん、知ってるはずなのに忘れたふりをしている、わたしの秘密。そんな小難しいだけの本なんかよりよっぽど重大で、切実で、絶望的なわたしの秘密。」

 

 緋花は緩く笑みをつくりながらそう言うと、ゆっくりとスカートのファスナーを下ろした。薄いピンクのスカートは、明るい茶髪に白い肌、全体的に色素の薄い喪花によく似合っていた。スカートがはらりと下に落ち、両端の紐で留められた水色の布が露わになる。緋花はスカートを踏み越えて恒太に近づくと、その読んでいた本を取り上げ、後方へ肩越しに放り投げた。本が床に打ちつけられ、ページがひしゃげる音が響いた。

 

 「お前の秘密になんて興味ない。止まれ。それ以上俺に近づくな。」

 

 最初に出会ったときから恒汰にとって緋花は不気味な人間だったが、今ほどそう感じられたことはなかった。身体の内から発せられる警戒音に従って静止を命ずるも、緋花は止まることなく、笑みをほんの少し深めるだけだった。過ごしなれたはずの自室がひどくよそよそしく感じられ、部屋に満ちた夏の空気にもかかわらず、恒汰は寒気を覚えた。その寒気は目の前の外敵から一刻も早く逃げるべきであることを伝えていたが、恒汰の身体はすでに凍りついてしまっていた。

 

 「わたしにはね、棘があるの。わたしに与えられた意味の重さの代償か、それも意味そのものなのかは分からないけど、わたしなんかよりよほど高慢な誰かに与えられた抜けない棘が。」

 

 普段から白い緋花の肌が、さらに白くなっていくように、恒汰には感じられた。言葉をこぼす唇の赤はそれに応じて鮮やかで、視覚も聴覚も、もう自由に働かせることはできなかった。緋花の左手が指先から小さく動きだした途端、身体に震えが走り、視線はその指先に吸い込まれた。陶器のように白くすべらかな手が、水色のリボンに音もなく触れた。その指の感触が、凍える恒汰には直に分かるように思われた。陶器の印象に反してやわらかなその肌は、触れた瞬間にふわりとほどけて、互いの輪郭を溶けあわせるかのようだった。身体に浸みこんでくる緋花の肌に、全身の器官が狂わされていくのが感じられた。リボンがとかれ、水色の布がゆっくりと下に落ちた。すべての動きが切れ目なく続くようで、声など出せるはずもなかった。

 

 「……見て。……これがわたしの棘、おぞましいほど綺麗でしょ。」

 

 確かにそれはあるはずのない棘、おぞましい容貌で、しかし例えようもなく綺麗だった。鮮やかな赤は白い肌とコントラストをなして、恒汰の視線を永遠に縫い留めるかのようだった。もう動かし方も思い出せない口がひとりでに動いて、誰のものか分からない言葉を紡ぐ。その声はもう聞こえなかった。